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広島高等裁判所 昭和30年(ナ)6号 判決

原告 長野熊太

被告 山口県選挙管理委員会

主文

昭和三〇年五月二〇日執行の山口県熊毛郡平生町議会議員の選挙における当選の効力に関する奥原登の訴願につき、被告が為した同年八月二二日の裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として昭和三〇年五月二〇日執行の山口県熊毛郡平生町議会議員選挙において原告は二六三票を得て当選と決定し、訴外奥原登は二六一票であつたので落選と決定された。ところが右奥原登から無効とされた「奥原誠」と記載のある二票は奥原登のための有効投票と認定さるべきものであるとして同町選挙管理委員会に対し異議申立があり、右異議は理由なしとして棄却されたが更にこれに対し被告委員会に訴願が為されたところ、被告は同年八月二二日左記理由により前記「奥原誠」と記載された二票は奥原登の誤記と認め同人の有効投票と判定すべきものとし、結局原告の当選を無効とする旨の裁決をするに至つたが、その理由とするところはいずれも失当である。即ち右裁決理由において(1)奥原登は昭和二二年以来同町議会議員として二期、農地委員として三年間(内二年は同委員長)つとめているが、奥原誠は昭和二六年頃司法保護司を二年間つとめた以外公職に就いた事実はない。(2)奥原登と奥原誠は兄弟で従前から引続き生家に同居し生計も一にし支払等すべて奥原誠名義で行つているものであること。(3)建設業の登録名義は一応奥原誠となつているが事実は右両名の共同経営のものであること。(4)奥原登と奥原誠は別人であるがいずれも名が一字で似通つているため登と誠とを取り違える場合があつたというのである。しかし、奥原登と奥原誠とは兄弟であること、登は前記のような公職の経歴を有する著名人であることは相違ないけれども、誠も又田舎では稀な大学卒業(東京拓殖大学卒業の経歴)を有し前記司法保護司の外平生木材工業所取締役として、又同町有数の登録建設業者として同町民の間に広く知られ、殊に同町民の最大の関心を持たれた同町習成中学校の増設工事を施工し、小供すら「誠さんが僕等の学校を作つた」といわれている程著名人である。(2)奥原登と奥原誠の住家は隣接しているが同一家屋に同居しているのではなく生計も独立しているものである。(3)建設業は右両名の共同経営ではなく誠の単独経営であり、登は農業者であつて時に誠の代理をすることがあるに過ぎない。(4)右両名は共にその名は一字であるが字画も明らかに違つて居り混同される虞はなく、又投票所には候補者の名簿もあるのであるからそれを見れば判るのであつて誤記するわけはない。殊に右二票はいずれも智識階級と思われる達筆で記載されていることから見るも誤記とは到底認め難い。従つて右二票を奥原登に対する投票の誤記であるとし同候補者の有効投票と認めることは不当且つ違法であつて、右は同町選挙管理委員会の決定したように候補者でない者の氏名を記載したものとして無効とせらるべきものである。よつて前記被告の為した裁決の取消を求めるため本訴に及ぶと陳述した。

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の選挙においてその主張の如く当選決定があり、これに対し奥原登から異議並びに訴願が為され、それぞれ主張の日に主張のような内容の決定及び裁決が為されたことは認めるけれどもその余の事実は否認する。即ち原告は前記被告の裁決理由(1)ないし(4)に対しそれぞれこれを反駁して結局「奥原誠」と記載された投票二票は無効とすべきものであると主張するけれども(1)奥原誠は東京拓殖大学を卒業しその後平生木材工業所の取締役を為し、又同町の登録建設業者として習成中学校の増築工事を施工したことは認めて争わないが、右大学卒業のことは必ずしも一般には知られているわけではなく、又平生木材工業所の社長は淵上正人で奥原誠は殆んど出勤したことはなく、一般には社長の淵上正人が仕事をしていると思われていたものである。又奥原誠が登録建設業者となつたのは昭和二七年一月からのことであり、習成中学校の増築工事は特定の者を除き一般には奥原組が施工したと思われているのであつて奥原誠がしたとは思われていない。原告がこれを小供すら「誠さんが僕等の学校を作つた」と言つているというのは口実に過ぎない。又登と誠とは一応隣接した別個の建物に居住しているようであるけれどもその生計は全く一つのものであり登には小供がないため老後は誠が世話することになつているものであつて、このことは一般にも知られているものである。又名義上登は一応農業者、誠は建設業者となつているけれどもその実質は右両名が家族と共に一致共同して当つているのであつてその間に区別はないものである。(4)登と誠とはこれまでよく取り違えられた事例があり、投票所には候補者名簿があるとしても右のような事情から奥原登を奥原誠と誤記することは有り得ることであつて決して不当又は違法な認定ではない。要するに本件の「奥原誠」と記載された二票は前記事情から候補者奥原登の有効投票と認むべきものである。従つて原告の本訴請求は失当であると述べた。

(証拠省略)

理由

昭和三〇年五月二〇日執行の山口県熊毛郡平生町議会議員選挙において、原告の有効投票は二六三票、訴外奥原登の有効投票は二六一票として原告の当選が決定されたこと、右奥原登から同人に対する有効投票で無効とされた二票(奥原誠と記載されたもの)があるから結局原告の当選決定は取消さるべきものであるとして同町選挙管理委員会に異議の申出が為されたが右は理由なきものとして棄却されたため更に被告委員会に対し訴願したところ、原告主張の日に主張の如き理由により原告の当選を無効とする旨の裁決があつたことは当事者間に争のないところである。

そして本件における争点は前記「奥原誠」と記載された投票二票が候補者奥原登への投票として有効かどうかにあるのでこれを検討するに、奥原誠なる者は奥原登の弟であつて同町に実在する人物であること、奥原誠は東京拓殖大学を卒業しその後同町において登録された建設業者として建設業を営んで居り、司法保護司をしたこともあり、又同町習成中学校の増築工事の施工者であつたことは被告も認めて争わないところであつて、右事実と検証及び証人早川政夫、岩崎滋、西岡静夫、小島伊三郎、藤川繁雄、吉村真作の各証言とを綜合すれば、奥原誠はこれまで議員等になつた経歴はないけれども前記の経歴及び建設業者としての事業関係における活動等から兄の奥原登に劣らずこれと相並んで同町民の間に広く知られている者であり、その居住家屋も兄の登と隣接しているけれども同一家屋に同居しているわけではないことが認め得られる。そして検証の結果によれば問題の投票二票は「奥原誠」と完全明確に記載されていることが明らかであつて、このように投票の記載が候補者以外の他の実在する人の氏名を完全明確に記載している場合にはこれと類似の氏名の候補者があつてもその候補者の氏名の誤記と認めるよりは候補者でない実在の人物に投票する意思が表現されているものと認めるのを相当とし従つてこれを無効とすべきものである。(最高裁判所昭和二四年(オ)第二七号同二五年七月六日第一小法廷判決参照)

被告の立証によると、これまで奥原登と奥原誠とは取引上において又祝賀式の席上等において時に取り違えられた事例のあつたことは認め得られるけれども、前記認定のように登も誠も共に相並んで同町民の間に広く知られ双方共実在する著名な人物である場合においては、単に右のような事例があつただけでは未だ右「奥原誠」と記載された投票を以て奥原登の誤記であると認め同人の有効投票と認めるのは相当でなく無効と断ずべきものといわねばならない。

してみれば前記被告の為した裁決は違法として取消を免れないものというべく、よつて原告の本訴請求は正当として認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 柴原八一 尾坂貞治 池田章)

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